想いを込めた時・・・・・

掲載日:2019.12.10


私は、今していることが仕事として成り立っていることに、感謝しています。
「仕事」と言いましたが、(もちろんお金をいただいているのですから仕事ですが)
私にとっては、人生を通して体験した辛苦も幸せも、そこから得た気づきや学びも、
そして今も頑張っていることなど、
「過去から今までの私のすべてを役立てて生きること」そのものと感じています。

カウンセリング、セラピー、メンタル・コーチングなど呼び方はありますが、
していることは、クライアントさんが「今よりもっと良い人生を歩む」ために
その時その人に必要な「癒し」や「気づき」や「成長」をサポートすることと言えるでしょう。

いつも、今よりもっと質の良いものをクライアントさんに提供したいという気持ちを抱いています。
そのための勉強やトレーニングはどんなに困難でもやりたくなるということは、
このコラムの読者の方たちはご存知のことと思います。

仕事に関係することは、私にとって趣味と言えるようなことかもしれません。
旅行に行きたいとかブランドものの洋服やバッグが欲しいというような気持ちはほぼ無く、
なけなしのお金は仕事の質の向上のために使ってしまいます。

そんな私に、仕事と全く関係のない趣味と言えるものが一つだけあります。
それは「音楽」です。
年に数回コンサートを楽しみます。
そして、「歌のレッスン」を受けることは、もう5年くらい続いています。

きっかけは、「平原綾香のジュピターを歌えるようになりたい」ということでした。
「大人の音楽教室」に入会し、月に2回のレッスンを受け続けてきました。

そもそも私は自分がオンチだと思っていたので、
何かの機会にみんなと歌わなければならない羽目になった時には
口パクで長い間(何十年も)やり過ごしてきた人です。

そんな私が、「ジュピター」なんていう素人がチャレンジするには無謀な曲をやりたいなんて、
きっと先生は心の中であきれていたかもしれません。

当然ながら、1年目はジュピターの高音も低音もまったく出ませんでした。
高音は、どんなに叫び声のように声を振り絞っても出ませんでした。
低音にいたっては、私の身体が「そんな音の出し方は知らない」という感じで、
どう出したらいいのか「身体が戸惑っている」という感じでした。

始めたはいいけれど、ジュピターの高音も低音も私には出せるとは感じられませんでした。
1年間頑張ってみましたが、高音も低音もかすりもせず、
「私にはジュピターは歌えないんだ」とあきらめの気持ちも芽生えてきました。

そんな私を感じたのか、先生から「少し違う曲をやってみましょう」と提案され
「別の曲を練習しているうちに、音の出し方がわかってくることもありますから」という
その言葉に従うことにしました。

それからはもう少し音域の狭い曲で、私が歌いたい曲や童謡などを楽しみながら練習してきました。
そうしているうちに、いつのまにか声が出る音域が広がってきました。

音楽教室では、年に1回、「大人の発表会」があります。
ほとんどの人が、「昔やりたかった楽器や歌」を大人になってからレッスンを受けての発表です。
忙しい仕事の合間に練習を重ねてきたり、定年を迎えてからレッスンを受け始めた人もいます。

楽器や歌を一人2曲披露する「大人」たちの発表会には、家族や友人たちが聴きにきてくれます。
音が飛んだりはずれたり、演奏途中で止まってしまったり、色々なハプニングが起きます。
でも見ている人たちは、いつも心の中で「頑張れ!」と応援してくれていることを感じます。

はじめて先生に参加を促された時には、「人前で歌うなんて、とんでもありません!」と硬く辞退しました。
が、少し練習を重ねてくると、なんとこんな私でも「誰かに聴いてもらいたいかも・・・」なんて思うようになりました。
そうして2年目からは、「大人の発表会」に参加して歌を披露するようになりました。

そして5年目の今年、私は改めて先生に「ジュピターにチャレンジしてみたい」と伝えました。
先生は、「大丈夫、歌えると思いますよ」と言ってくださいました。
こうしてこの1年間、私は「ジュピター」ともう1曲AIの「story」を練習してきました。

この1年の間に、高音が少し「かする」程度に出るようになり、低音も「もしかして今出た?」
というレベルまで来て、とうとう発表会の1か月前には高音も低音も出るようになりました。
「自分にはムリ」と感じられたあの日々を思うと、感無量でした。

「ジュピター」を歌えるようになりたいと思ったそもそもの動機は、
「ジュピターの歌詞」が、私が常々思っていること、
特にクライアントさんに対して抱いている想いそのものを表しているように感じたからです。

自分の限界を感じながらもあきらめずにここまで頑張れたのは、
吉本由美さん作詞の「ジュピターの歌詞」を多くの人に届けたいという強い「想い」があったからです。

あれ!?
こう考えると、仕事と関係が無い唯一の趣味と思っていたことが、
私のやっている「仕事」と無関係じゃなかったんだと改めて気づきます。

まあ、いいですよね。
何にしても自分がやりたいことなのですから。

こうして「大人の発表会」当日を迎えました。
「ジュピター」と「story」、2曲とも心を込めて歌いたいと思いました。

1曲目は「story」です。
こんな私でも一応あがるので、客席の人たちと目が合わないようにして、
目は遠くの壁に向けて、気持ちは会場の人たちに向けて歌いました。

1番を歌い終わって間奏の間に、1番前の席の女性が涙を流しているのが目に入りました。
「えっ!」「私の歌を聴いて泣いているの?」と思うと心臓がドキドキしてきました。
50代後半と思われるその女性が流れる涙をぬぐいながら私を見つめているのに気がつくと、
私は2番の歌詞が飛んでしまいました。

10秒ほどでしょうか、ピアノの伴奏だけが流れました。
「うわっ!どうしよう!」と焦りましたが、気を取り直して、
私はその女性に優しくうなずいてから、また視線を壁に移して最後まで歌いました。

まだドキドキは続いていましたが、次の「ジュピター」を歌い始めます。
緊張して、高音はギリギリな感じだったし、低音はマイクなしでは聞こえたかな?
という程度しか出なかったような気がします。

それでも、あれほど歌いたかった「ジュピター」を歌い切りました。
結果はどうあれ、私は「ジュピター」を心を込めて歌えたことで満足でした。

全員の発表が終わり、私が帰り支度をしていると、
見知らぬ何人かの人たちから「感動しました」と声をかけられました。
スタッフの方たちからも呼び止められて、「何人もの人たちが涙を流していましたよ」
「私たちも感動しました」と言っていただきました。
ピアノを伴奏してくださった方も追いかけてきて、「とても感動しました」と伝えてくださいました。

そんなふうになるなんて、予想もしていませんでした。
私はただ自分がこの2曲を「心を込めて歌いたい」、
できれば「誰かの心に届いたら嬉しい」とだけ思っていました。

人の反応までは考えていませんでしたので、
このような反響には私自身がとまどい、驚きました。

ある程度のレベルまでは高める必要はあると思いますが、その上で、
「心を込めた時、その想いは伝わる」ことを改めて感じました。
とても幸せな体験でした。

そのような体験を思い返していると、20年以上前のことが思い出されました。

札幌のコンサートホールで行われた「北海道の若手演奏家たちの発表会」を聴きに行ったことがありました。

数人の発表の後、若い女性がバイオリンで「タイスの瞑想曲」を弾き始めました。
その演奏に触れた瞬間、私に何かが伝わってきました。
理由はわからないけれど、私の心が震えました。
何だかわからないけれど私の体が反応して、涙があふれました。

あの時の感動が忘れられなくて、それ以降、コンサートの楽曲の中に「タイスの瞑想曲」が入っていれば、
国内の著名なバイオリニストはもちろん海外からのバイオリニストのコンサートにも足を運びました。

しかし、技巧的には素晴らしいとは感じても、あの時のような感動はいまだ体験していません。

あの時の若い女性は、今どこでどうしているのでしょう。
バイオリンを続けているでしょうか?
それとも断念して別の世界で生きているのでしょうか。

もしも彼女がバイオリンを続けているとしたら、
そしてあの時と変わらない純粋な気持ちで演奏を続けているとしたら、
もう一度彼女の演奏に触れてみたいと願っています。

ある程度以上のレベルは必須ですが、そこに「想い」が乗せられると、
時にプロでもできない感動を人に与えることができるという体験を、
彼女のことを思い出しながら感じています。

どんなことにでも「想いを込める」ことは大切なのだと改めて感じています。
日常の小さなことであっても、できるだけ心を込めて行いたいと思います。
そのことが「自分自身を幸せにしてくれる」。
そう感じます。