忙しい、そして、幸せ

掲載日:2019.10.01


9月10月は、ほぼ毎週末、研修やトレーニングやスーパービジョンで埋まっています。
するほうではなくて、受けるほうです。

週末予約のクライアントさんたちには、とてもご迷惑をおかけしています。
みなさん、私の飽くなき向上心を理解してくれていて、本当にありがたいです。

先々週は、3年ぶりに、中島幸子さんの研修を受けました。
テーマは、「支援者にとって大切な視点を考える
~サバイバー・センタード・ケアのあり方について~」

ここで言うサバイバーとは、DVや性暴力、虐待、いじめ、パワハラなど、
何らかの被害を受けながらも今を一生懸命に生きている人のことです。

中島幸子さんが主宰するNPO法人レジリエンスでは、
どのような場面でも、「被害者」とは呼ばず「☆さん」と呼んでいます。
「自ら輝く力を持った人」という敬意を込めて、そう呼んでいます。

自分自身に引き寄せて考えてみても、
もしも何らかの被害を受けたとしても、「被害者」と呼ばれたとたんに、
とてもみじめな気持ちを感じ、力のない自分になってしまう気がするのは私だけでしょうか?

さちさん自身が十代のころ数年間にわたって性暴力と身体的暴力、
(ということはもちろん精神的な暴力も)を受けてきた人です。
ですから、当事者に寄り添う気持ちが誰よりも丁寧で優しいのだと思います。

そんなさちさんの「サバイバー(☆さん)を中心にしたケアのあり方」の研修です。
「こんな状態を当事者はどう感じるだろうか?」を支援にあたる人たちは丁寧に感じて考えて
そこから「ケア」をきめ細かく考え選び抜いていく必要性を改めて理解しました。

日ごろ私自身が丁寧に大切にしていることを、
「やっぱりそれが大事だよね」と確認できたような時間でもありました。

今回の研修を主催したholoholo代表のゆかりさんもとても気持ちの良い人で、
さちさんと私がゆっくり話ができるようにお昼のテーブルセッティングを配慮してくれるなど、
さりげない気遣いや心配りが本当に心地の良い人でした。

さちさんは今でこそ全国の支援団体や自治体から研修依頼が殺到するような人ですが、
私がさちさんと出会ったたぶん20年以上前は、まだNPO法人も立ち上げてはおらず、
さちさん一人で活動していた頃です。

そこから彼女の誠実で真摯な話と態度に感銘を受け共感した人たちが周りに集まり、
今のNPO法人レジリエンスが立ち上がりました。
そう思うと、やはりすごい人だな~と改めて思います。

そしてその行動力と実行力よりもっとすごいと私が感じるのが、彼女の「あり方」です。
彼女とは2~3年に一度くらい会うことがありますが、
何年たっても傲慢さのかけらもありません。

常に当事者として、そして当事者に寄り添うところから感じ発信するという姿勢に揺るぎがありません。
そのしなやかな揺るぎのなさに、時々「傲慢くん」が顔を出す私としては、
「イタタタ!」と自分の胸に痛みを感じ、自己反省へと向かわせてもらいます。

私より2~3歳年下のさちさんは、そんな意味で、私の「あり方」の先生です

そのさちさんと4年ほど前でしょうか、千歳空港で二人でご飯を食べていた時に、
その少し前から自己開示していた「解離」についての悩みを吐露されました。

今は当時と比べ「解離」についての理解が、医療関係者や支援者に格段に進んでいます。
しかし当時は、支援者や精神科医にもほとんど理解がなく、
間違った対応をされる「解離の当事者」たちの苦悩をさちさんから聞かされました。

それを聞いて、私自身がさちさんから聞くまで「解離」についてほとんど理解がないことに気づきました。
素直に「教えてほしい」と思いました。
支援者たちは「知らない」だけであって、「知る」ことができたら、
「当事者」に対してもっと適切な対応ができると思いました。

私はその場でさちさんに「その嘆きを講演か研修の形にして、私たちに伝えてほしい」と依頼しました。
さちさんも私からの提案に心が動いた様子でした。
私たちはその場で、まず北海道で「解離についての講演か研修を行う」ことを約束しました。

実は、そこからが大変でした。
そもそも私は「言い出しっぺ」には簡単になれますが、
具体的な行動力となると無能に近い役立たず人間になってしまいます。

「『解離性同一性障害』についての中島幸子さんの講演会か研修会をしたいので、
誰かこの指にとまってくれませんか~?!」と呼びかけたところ、
と言ってもさしたる人脈もない私は一人のキーパーソンに呼びかけ、
実質その人が札幌の各分野で活動している人たちに声をかけてくれ、
私が思いもよらない才能と行動力を備えた人財が集まりました。

「何も無いところ」から、それまで「無かったもの」を創り上げるって、
こんなに大変なことだとは、私は思ってもいませんでした。

私が「口だけ女」でほとんど何もできないことを知ったメンバーは、
「とんでもない人の指にとまってしまった!」と内心後悔したかもしれませんが、
「乗りかかった船」とあきらめて(?)、あとは怒涛のように各人の才能を発揮してくれました。

とは言っても、それぞれが仕事や活動で多忙を極めている人たちです。
そんなメンバーがなんとか時間と労力をやりくりして、何度も打ち合わせを重ね、
1年間かけてやっと「解離性同一性障害研修」を形にすることができました。

私がしたことと言えば、さちさんと何度も連絡を取り合い詳細を詰めていったことと
当日の「主催者あいさつ」くらいでした。

研修には、北海道内の支援者団体や精神科医、大学教授、当事者など、
様々な分野の方たちが集まって熱心に学びを深めてくれました。

実はしかし、なんと!、さちさんが前日から解離を起こし「研修できない」という事態になり、
急きょ東京からさちさんの研修のパートナーが駆けつけるというハプニングがありました。
まさに、「解離って、こんなふうになってしまうんです」という現実の一端を私たちは体験しました。

そんな冷や汗もかきながら、日本初の「当事者による解離性同一性障害研修」は終了しました。
その後その研修は更に磨きをかけられ、今では日本各地でさちさんによって行われ、
医療者を含めた支援者の「解離性同一性障害」への理解を深めることにつながっています。

だから、「言い出しっぺ」だけでも、私も少しは貢献できたでしょ!
と、研修の実現に尽力してくれたメンバーへの心からの大きな感謝と共に、
自分にも「OK」を出している私です。

研修の終了によって実行委員会は解散し、
メンバーとはその後会うこともなく3年が過ぎましたが、
先日のさちさんの研修でそんな懐かしいメンバーにも再会し旧交を温め合いました。

何年も会っていなくても、深いところで繋がり合っていることを感じました。
あの研修を実現することはとても大変でしたが、
素晴らしい人たちとのご縁をいただいたことが何よりもの「ご褒美」だと感じています。

あのメンバーと次回会うのはあと何年後かわからないし、
もしかするともう一生会わないかもしれません。
でも、私たちは(少なくとも私は)そこにはとらわれていなくて、
「心の質の良い人たち」とあの時間を共有できたことが
「私たちの宝」であることに満足しています。

「幸せって、こういうことかもしれない」と、しみじみと感じています。