コロナ禍で発熱した体験
掲載日:2021.09.14
先日、ものすごく久しぶりに発熱しました。
日曜日の午前中から「何となく、もわっとするな」と感じていました。
昼食後しばらくすると、「体調がおかしい」と感じました。
午後に入っていたセッションを一件終えて、
「今日は無理をしないでおこう」とベッドに横になりました。
目覚めると夕方になっていて熱っぽい。
体温を測ると37℃です。
「明日はピアノコンサートで札幌に行く予定なのに、発熱なんて困る!」
そう思いながら、食欲も無く、お風呂に入る気力も無く、
ベッド脇にお水を置いて再びベッドに入りました。
一晩に何度も目を覚ましトイレに起きました。
下痢です。
熱は下がる気配がなく、体温計を見るたびに上がっていきます。
翌朝には38,5℃になっていました。
「コンサートには行けない」と確信しました。
あんなに楽しみにしていた「反田恭平」のピアノコンサートです。
去年はコロナで行けなかったから、今年は多少無理をしてでも行きたいと思っていました。
私はピアノに詳しくはないけれど、初めて彼のコンサートに行った時に、
体中で感動する感覚がありました。
「何だかわからないけれど、すごい!」
それ以来、彼のファンです。
しかも彼は今年ショパンコンクールにエントリーしていて、
その1次予選の模様がYouTube で配信されると、世界中から称賛の嵐でした。
その彼が満を持しての「オールショパン」です。
「今・この時」の彼のショパンです。
「何でこんな特別な日に!」とわが身の不運にがっかりです。
熱で苦しくぼーっとする意識の中で「前にもこんなことがあったな」と思い出すことがありました。
大学受験の前日に、インフルエンザにかかり40℃の発熱に苦しみました。
結果、北海道大学を落ちて(受かるつもりでいたので他を受けていませんでした)
全日空に入ることになりました。
まあ、それが良かったか悪かったかはわかりませんが、
大事な日にドジを踏む私は相変わらずです。
そんな感傷に浸っている場合ではありません。
せっかく頑張って良い席を取ったのに、それを無駄にはしたくありません。
一緒に行く予定だった友人に連絡をして、
「チケットは差し上げるので誰か行ける人を探して」と座席番号を伝えました。
ピアノを習っている彼女は、行きたかったけれどチケットが取れなかったピアノ仲間をみつけてくれました。
私は残念ながら行けなかったけれど、誰かがあの感動を体験することにつながったなら
それだけは良かったと思いました。
ということで、普段あまり熱を出すことの無い私は
月曜日の午前中いっぱいは腹痛と慣れない発熱にダメージを受けて寝込んでいました。
やっと午後に37℃代になり「病院に行こう」と思い、近くの内科に電話をしました。
受付の人に「熱があるのですが」と言ったとたんに「発熱外来に行ってください」と
ピシャリと断られてしまいました。
「お腹が痛く下痢をしている」「咳は全く出ていない」と言う隙も無く拒否され、
「コロナ感染してもお腹が痛くなるのかな?」と不安になりました。
「発熱外来って、どこ?」・・・・
いざという時にあわてないためにと、手帳に「新型コロナウィルス感染症健康相談センター」の
電話番号の切り抜きをはさんでおいたことを思い出しました。
その番号に電話をすると、意外にもすんなりつながりました。
住んでいる市町村と名前を聞かれ、発熱外来を設置している病院名と電話番号を知らされました。
比較的近くの病院に電話をすると、「発熱外来は午前中のみです」との返事です。
心なしか冷たい対応が弱っている体に響きます。
「少し遠くてもいいか」と別の病院に電話をすると、ここも「発熱外来は午前中のみ」の返事。
「選んでる場合じゃないんだ」と悟り、次の病院にかけましたが返事は同じでした。
結局すべての病院が「発熱外来は午前中のみ」の返事で、
おまけに「11時で締め切り」とか「予約制で明日は一杯」のところまであります。
「発熱外来は午前中のみ」は仕方がないにしても、
弱って不安になっている病人にもう少し思いやりというか優しい対応ができないのかな、
と思うほど、発熱外来を設置している病院の、少なくとも受付は、
冷たく感じられる対応でした。
38度近い熱が出ているのに受診ができない。
明日の午前中も受診できるかわからない。
「私はコロナに感染しているの?」と、どんどん不安が高まりました。
私は最後の手段として「保健所に電話をしてみよう」と思いました。
「きっと忙しくしていることだろう、そのような中を申し訳ない」と思いながら、
「わらをもつかむ思い」とはこういうことでしょう、
「電話は繋がらないかも」と覚悟しながらかけてみると、予想外にすんなりと繋がりました。
すぐに保健師さんの対応となり、症状を聞かれました。
「コロナ感染ではなさそうですね」「大丈夫ですよ」との言葉は、
病院の冷たい対応のために不安が増していた心身に響きました。
しかもその保健師さんは、言葉だけでなく気持ちもこもっていることが感じられます。
(職業柄、言葉だけか気持ちがこもっているか明確にわかってしまいます。)
的確な情報収集の上で、プロとしての見解を相手に寄り添いながら伝えてくれる。
「ああ、やっぱり私はプロが好き」と、妙なところで感激していました。
ここも職業柄というか、セッションでクライアントさんに
プロとしてプライドを持った仕事をしていくことを励ましサポートしている身としては、
「プロはこんなふうに、それぞれの場面で人を救うのよ」と誇らしく思いました。
「弱っている自分」と「カウンセラーあるいはコーチとしての自分」が混ざりながら、
とにかく保健師さんの温かく力強い言葉に感激していました。
「熱が出ているのは体が頑張っている証拠ですから、我慢できるようであれば様子を見ましょう。
今以上に熱が上がって辛かったら、解熱剤も使いましょう。
たぶん熱は3日ほどで落ち着いてくると思います。
それが長引くようだったら受診をしてみてください」
など、その他細かい注意点も伝えられました。
「もうその言葉で充分です。」
「頑張ります!」って感じでした。
「不安」という不要なものが取り払われて、
私は安心して熱を出して寝込みました。
熱は3日で収まりました。
今この日本では、コロナ感染して症状が悪くても
自宅療養を余儀なくされている人が多数いるとは聞いていましたが、
たかが下痢でちょっと熱が出ただけでも病院にプチ拒否される体験をして、
「自宅療養を余儀なくされている人たちの不安や苦しみ」の100分の1くらいを味わいました。
コロナ感染ではなくても、その他の症状の人たちが受診あるいは入院できずにいることも、
自分の100分の1の体験を通して改めて理解しました。
今は健康であまりコロナは関係なく過ごしている人間には見えていない感じられていない中で、
苦しんでいる人不安になっている人たちは多くいるということに気づきました。
痛い目に遭ってはじめて他人の痛みに少し近寄れた私でした。